takE’s diary

テリー・ホワイトの感想を書きます

血を流す心臓『刑事コワルスキーの夏』

Bleeding Hearts 原題をうっかりグーグル翻訳に入れると『血を流す心臓』となってしまう。sがあるのでこれは一人じゃない、誰か二人の心臓が血を流している。Bleeding Heartというフレーズは〈情に流されすぎる人〉なんて意味もあるようで、その辺りを含めて読むと苦しくやるせない気持ちになるお話だ。

テリー・ホワイトの本は全て絶版だが探せば図書館で置いているところもある、『真夜中の相棒』以外は中古市場でも値段は高くはない。

 

あらすじ(初版1985年)

80年代初頭、猛暑のロサンゼルス。グリフィス・パークでハスラー(男娼)の少年の無残な遺体が発見される。38歳バツイチ刑事スペイスマン・コワルスキーは突然組むことになった妙にオシャレな金持ち刑事ブルー・マガイアと共に捜査を進める。

対する犯人は、少年を殺し、スペイスマンへの復讐を狙うヒッチコック兄弟。弟への屈折した愛と狂気をもつ兄トム、優しさと後悔に満ちた弟ジョディ。二人を引き離した10年の歳月が鋭いナイフを突き立てる。

血生臭く、泥臭い、4人の男たちの取り返しのつかない物語。

 

刑事組はタイガー&バニーを想像してもいいかもしれない……いや、桂正和の絵ではオシャレすぎる。もっとダメな人たちだ。テリー・ホワイトはダメな男を書くのが上手い。

犯人組ヒッチコック兄弟の兄トムはジョジョの敵にいそうなぐらいキレている。スタンドを使っても違和感がない。けれどこの男の心の悲鳴に読んでいるこちらはズタズタにされる。簡単な人物紹介はこちら。

 

刑事:スペイスマン・コワルスキー

38歳、口髭をたくわえた少しお腹の出たオジサン。頭も薄くなり始めたかもしれない。離婚した妻の元に16歳になる息子がいる。時々20歳のセフレとよろしくやっているが生気を吸われそうなので、歳の近い女性とお近づきになりたい。仕事は基本誰とも組まない。

 

刑事:ブルー・マガイア

若く細身、ブロンドの髪をした顔面がかっこいい男。身なりに気を使い、家も車も酒もアッパークラス。料理もできる。若きレッドフォードに似てるらしい。人事移動で殺人課に配属になり張り切り中。女性ともっと上手く付き合いたい、なぜ長続きしないのか悩む。

 

犯人兄:トム・ヒッチコック

多分27歳。黒っぽい縮毛に浅黒い顔、淡青色の瞳。10年前殺人を犯し、精神病院に入院、脱走しスペイスマンへの復習に燃える。少年が好き、でも一番は弟が好き。躊躇なく人を殺す、常人からみるとかなりキてる。

 

犯人弟:ジョディ・ヒッチコック

23歳。見た目は兄を若くした感じ、黒い瞳。兄の脱走を助け行動を共にする。兄を慕いながら悩む優しい男。

 

この話は思春期の少年少女が登場し、手に入らない何かを求め大人になる前の未成熟な心と体、鬱憤が流れている。その中をすっかりオジサンのスペイスマンと若い相棒ブルーの2人が波をかき分け進んでいく。

ヒッチコック兄弟は近親相姦にあり、偏った繋がりを持つ。だがそんな彼らも10年前は子供だった。切なさとやり切れなさを背負う兄弟の動きを読み手は追っていくことになる。

犯行が残忍な上、少年が被害にあうので『真夜中の相棒』の持つ透明感が好きな人には合わないかもしれない。けれど映画のように浮かぶ情景や心がかきむしられる人物の心理描写が好きな人にはおすすめできる。

ちなみにこの話には「電話帳」というシロモノが出てくる。信じられないだろうが、その地域に住む人の氏名、電話番号、果ては住所まで記載されていて、どの家庭にも一冊はある驚異の個人情報満載本だ。時代が違う。

ここから下はネタバレ感想。

 

 

 

 

ロサンゼルス怖すぎ、治安悪すぎ。時代は違うが『ラ・ラ・ランド』の裏側、闇。

刑事と犯人、2組のバディの成り行きを追いかける話だが私は完全に犯人組に入れ込んでしまった。テリー・ホワイトの生み出すキャラクターが最高に味わい深いのは社会生活にうまく馴染めない男が相棒とともに、もがく姿だと思う。その姿を今回はヒッチコック兄弟がみせてくれた。兄トムのキレている思考回路に冒頭から引き込まれる。

生きているって何とすばらしいことだろう!

なんて奴だ、このセリフを読んだ瞬間最高だと思った。

10年前から時間が止まってしまったトム。彼の中でジョディはまだ13歳の弟だったのだろう。自分の知らない弟の時間。いつの間にか弟が作り上げていた生活、恋人、仕事。ジェリー・ポッターの家からスペイスマン達が去り、トムの視点に切り替わった時の恐怖。戦慄が走った、完全にホラーだ。まさか、この男、え?やめてくれ……恐怖に震えながらページをめくった。直前のブルー達とのやりとりでジェリーはこの作品には異質といえるほど光属性の男だった。愛するジョディのため強い意志を持っていた。それをこんな数ページで無惨に殺すなんて酷すぎる(褒めてます)

だがその後、寝室に入ったトムの場面は胸をえぐられた。彩り豊かな幸せを描いたような恋人達の寝室。一つのベッド。暖かい日が差し込む部屋の中、怒りにまかせ全てを切り刻むトム。『真夜中の相棒』3部後半、マックがジョディを何度も殴りつける場面がある。私はあの時と同じ痛みを感じた。やめてくれ、やめてくれ、心の中で何度も叫びながらその場面を読んだ。

トムは残忍で自分勝手、擁護なんてできないほど酷い男だ。それなのに、このシーンは耐えきれない彼の傷ついた心に共鳴し、トムを哀れに悲しく思ってしまう。そして築き上げたものを失ったジョディの悲しみを思い、感情がぐちゃぐちゃになる。10年の歳月は2人の間に大きな溝を作り、取り返すこともできない。

終盤ジョディが「俺はもうやり直したよ。二度も」と言う。切実な叫びだ。彼の手には何が残ったんだろう?────何も残らなかった。恋人も家も仕事も、支えてきた兄も失った。それでも生きていかなければならない。ジェリーの姉、レイニー・ポッターが彼を支えてくれるだろうか。

 

ジョディのトムに対する気持ちの中に、テリー・ホワイトはどうしてこんなことを知っているのか?と思う場面がある。

ところが、二、三ヶ月ごとに病院で一時間ばかり兄と面会するのと、四六時中彼のそばにいるのとでは雲泥の違いがあることを、ジョディは今、思い知らされていた。

この心情、精神を患った家族と過ごす人あるあるだろう。入院中は物理的に距離ができ、自分自身の心の負担も少ない。ところが退院し四六時中一緒にいると、随分違う。家族なのだからそうは思いたくはない、助けたいし支えたいのだが自分の体調とメンタルにも関係してくる。ジョディの気持ち、分かる。『真夜中の相棒』もただマックがジョニーのお世話をするだけなら、ここまで琴線にこなかった。マックの疲労や諦めが描かれているところが妙に納得できるのだ。

さらにスペイスマンの元妻カレンの放つ言葉が何ともリアリティがある。

あなたは十六の子と来る日も来る日も一緒にいるのがどんなことかわからないでしょうけど、楽なことじゃないのよ

お疲れ様です。そうですね。

この話には終始どこへ向かうか自分でも分かっていない思春期の子供たちが出てくる。この本が出版された時テリー・ホワイトは39歳だ。娘さんがいるそうなので、どの家庭でも勃発する何かはあっただろう。刑事組はヴェトナム戦争の影を背負いながら日常を社会生活を送っている。ヒッチコック兄弟を追いながら日常的な悩みが併発し進んでいくところは親しみを感じる。

刑事組の好きな場面はブルーがスペイスマンに料理を作ってやるところだ。チャチャッとサラダ、フランスパン、ワインを準備し素敵な食卓作り上げる。なぜ女性と長続きしないのか……変に格好つけようとするのが良くないんじゃないか。ブルーがシャロンと初めて夜を共にする時にかかっていた曲はジョーン・バエズだ。曲名は分からないがセックスの最中バエズが何度も情熱的に歌い上げる。妙に面白いこの場面、私はとりあえずバエズの曲を流し続けた。

 

ブルーはスペイスマンに寄り添っていこうと動き、スペイスマンもそれを徐々に受け入れる。順調に関係を築き上げる刑事組に対し、犯人組は固い絆と思っていたものがどんどんズレていく。本作のヒロインが弟ジョディなのは間違いない。

 

終盤遊園地のシーンはぜひ映像で見たいと思わせる部分だ。テリー・ホワイトは『真夜中の相棒』『殺し屋マックスと向こう見ず野郎』の2本がフランスで映画化しているが、この遊園地のシーンは絵にすればかなり面白いと思う。廃墟の遊園地、ドギツイ色と陽気な造形、無数の鏡、錆び付いた観覧車。ジョディとジェリーの愛の家も優しく温かい色と音楽で表現されると思う。誰か映画化してくれないのか。

 

物語の始まる前、エピグラフのちょと怖いわらべ歌。

読み終わるとこれが何を指しているのか、誰の心臓なのか、血を流し泣いているのは誰なのか───読んでいる私たちの心臓にもナイフを突き立てられたような痛みを感じるはずだ。